2024年08月01日
消費者庁はNo.1や初の調査対象有無をどう判断しているのか?
インタビュー日 2024年6月18日
不当景品類及び不当表示防止法(以下「景表法」という。)違反となる表示に当たるかどうかは、時代のトレンドや社会的背景に伴って変化するものだ。事業者が景表法に則って適切な広告表示を実現するためには、常にアップデートが必要だ。事業者自身がビジネスを始める際に構築した景表法のコンプライアンス体制も、事業規模や組織の拡大、時代の変遷等によって十分なものでなくなってしまうこともあり得る。そのため適切な表示を心掛けていても、対応が不十分であれば、消費者庁の調査の対象となり行政処分を受けることも考えられる。
広告表示を行っている事業者にとっては、消費者庁の行政処分がどのような経緯で下されたかを把握し、独自に解析していくことが重要だ。今回は消費者庁の視点を掴むべく、消費者庁設立前に景表法を所管していた公正取引員会で任期付き公務員として勤務し、その後も事業者側の代理人として景表法の違反事例に対応した経験のある籔内俊輔弁護士に話を聞いた。
籔内 俊輔弁護士(第一東京弁護士会)
https://www.kitahama.or.jp/professionals/shunsuke-yabuuchi/
公正取引委員会で、2006年から2009年の3年間、任期付き公務員として勤務。公正取引委員会では、独占禁止法、景品表示法などの違反事件の調査、審判手続への対応などを担当。その経験を活かし、独占禁止法、景品表示法及び下請法に関連する行政機関からの調査への企業に対する助言や代理人としてのサポート、社内調査の実施、M&A案件での届出手続支援、企業からの相談へのアドバイス、コンプライアンス態勢整備の助言や社内研修における講演等を行っている。
消費者庁が調査対象事案を選定するポイントは
2023年度は立て続けに「No.1」の表示に対して景表法違反として措置命令・課徴金納付命令がなされた事例が大きく増えた1年でもあった。籔内弁護士によれば「消費者庁は2023年度以前の数年間をみてもNo.1の表示に対して年間数件の景表法違反の措置命令や、一定数の指導も行っていたようです。2023年度は特に措置命令が多かったため注目を集めましたが、消費者庁としては、それ以前から根拠のないNo.1等の表示について問題視はしていたと理解しています」とのこと。
消費者庁が発表した資料「令和5年度における景品表示法等の運用状況及び表示等の適正化への取組」を確認すると、措置命令・課徴金納付命令には至らなかったものの指導対象となった件数が151件もあった。この中にNo.1表示の事例がどの程度含まれているか不明だが、指導対象で留まった事例が多くあったことも十分考えられるだろう。消費者庁はどのような視点で事業者の表示をチェックしているのか。籔内弁護士によれば4つのパターンがあるという。
- 同業他社等からのクレーム等を受けての調査
- 内部者からの通報、事業者からの自主申告を受けての調査
- 一般消費者からの情報提供を利用しての調査
- 消費者庁担当者の情報収集による調査
前記の消費者庁の「令和5年度における景品表示法等の運用状況及び表示等の適正化への取組」によれば、年間で18,114件の外部からの情報提供があり、うち景品表示法違反被疑事案として調査することが適当と消費者庁が判断した事案は71件だった。「No.1」や「初」といった表示を行う事業者に対しては、同業他社等から景表法違反ではないかとの指摘があり消費者庁が調査を行うケースもある。「痩身効果がある」、「肌が白くなる」といった表示は一般消費者が表示に対しておかしいと気づくこともできる。しかし、「顧客満足度No.1」や「業界初」の表示に対しては不自然な表示かを一般消費者が判断するのは必ずしも容易ではない。
「私の経験では、消費者庁が、ある事業者が行っている表示に対して調査を実施すると判断して事業者に対して連絡をしてくるタイミングでは、景表法違反に当たる可能性がそれなりにあるという見立てを持っていることが多いです。信頼性のある程度高い情報や証拠を消費者庁が既に入手している事案については、消費者庁も措置命令・課徴金納付命令の対象になりうる事案として調査を開始する可能性が高くなります」(籔内弁護士)
No.1や初の表示は消費者のクレームよりは、内部告発や同業他社からの指摘で消費者庁が調査に動く可能性が十分あると考えておくと良いだろう。続けて籔内弁護士は以下のように分析する。
「過去の事案を見ると、内部者でなければ知りえないような表示と実態の食い違いによって生じた景表法違反事案も消費者庁の措置命令等の対象になっていたりします。内部告発等での情報提供の場合は確度の高い情報が提供されることもあると思います。消費者庁も調査の人員が限られている中で、効率的に調査を進めようと考えているでしょうから、こうした事案は措置命令等に向けた調査の対象にしやすいと思います」
消費者庁は全ての表示を把握している訳ではないが、事業者や一般消費者の指摘を受けて動くケースは珍しくない。このくらいの誇張であればバレないだろう、問題にならないだろうと考えるのではなく、誰がこの表示を見ているか分からないという視点を持ち危機意識を持っておくべきだ。景表法違反の調査過程を知ることに加え、今後の消費者庁の方針や動向を把握しておくことも重要だ。
「改正景表法で「No.1」や「初」の表示を取り扱う事業者の方を含め、景表法違反で調査を受ける可能性がある企業が知っておくべき新制度としては「確約手続」があります。この制度が始まることで、今後、消費者庁が積極的に景表法違反の調査件数を増やすのではないかと考えています」
確約制度とは、景表法違反の疑いで調査を受けている事業者が、調査の過程において問題となっている表示を取りやめて一般消費者に景表法違反の懸念があった旨を周知する等の改善計画を作って消費者庁に申請し、これを消費者庁が承認した場合には、消費者庁は、景表法違反を認定せずに、かつ、措置命令・課徴金納付命令に向けた調査も行わないという制度だ。この制度は消費者庁側にもメリットがあるという。
「消費者庁は、景表法違反事案に対して措置命令・課徴金納付命令を行う場合には、仮に命令の取消しを求める裁判等があっても対応できるようにするために、案件にもよりますが1年程度の期間をかけて慎重な調査を行っています。調査の対象にできる案件数には限界があります。確約制度が始まると、事業者側から積極的に改善計画が出されて、それが確実に実施されるであろうという場合に限って、消費者庁はその計画を承認する見込みですが、措置命令等を行う場合に比べて消費者庁が調査にかける手間や時間は少なくなることが予想されます。そうすれば、消費者庁は、従前よりも多くの事案を調査対象にすることが可能になります。効率的な調査ができるようになるため、今以上に調査対象となる事業者数も増える可能性があると考えています」(籔内弁護士)
確約手続は、景表法違反の疑いで調査を受けた事業者にとっても違反を認定されずに早期に改善を行って調査が終了するメリットがある制度でもあるが、消費者庁側としては別の角度からのメリットを想定しており、調査件数が増える可能性がある点では事業者にも影響があると見ておくと良さそうだ。